発刊のご案内
山本巖ブックレット全6巻
A5判 6巻セット3,000円(税込、送料込)、 1冊600円(税込、送料200円)
※ただし、上記金額は書肆侃侃房との直接販売の場合に限ります。 書店等での販売においては、1冊600円+税になります。

 第1巻:祖国幻影
 第2巻:菊と一銭五厘
 第3巻:辺境から
 第4巻:福岡から見た昭和史
 第5巻:熊本 反乱の系譜
 第6巻:中国よ!


2002年 5月20日 第1巻発売
2002年 8月 8日 第2巻発売
2002年10月31日 第3巻発売
2003年 2月17日 第4巻発売
2003年 5月20日 第5巻発売
2003年 8月20日 第6巻発売


山本巖プロフィール
1941年北九州市門司区生まれ。早稲田大学卒。1964年西日本新聞社入社。社会部、文化部、都市圏部、北京支局などに勤務。熊本総局長、文化部長、編集企画委員長、論説委員長などを務める。著書に『夢野久作の場所』『昭和史を歩く』『三国志の旅』(共著)など。

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書肆侃侃房(システムクリエート有限会社内)
092-735-2800
info@kankanbou.com


山本巖ブックレット作者の日常


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第1巻 祖国幻影
望郷−70年目のブラジル移民
帰郷−ある在日朝鮮人の場合
朝鮮凧−ニッポンは祖国にあらず

 第2次大戦後、ブラジルの日系移民の間では「日本は勝った」と信じる人々が少なからずいた。例えば、サントスの港には各地から2千人もの日系移民が集まった。移民の長年の労苦に報いるために、戦勝国・日本の軍艦が、日の丸を翻らせて迎えに来るという噂が流れたのである。望郷の思いに駆られた移民たちが共同の幻影を見たのであった。
 棄民という言葉がある。近代の国家はしばしば民を棄てたが、にもかかわらず棄てられた民は祖国幻想を捨てなかった。ブラジル移民のほか、日本生まれの在日朝鮮人、植民地時代の朝鮮で生まれた日本人と、国家の歴史によって祖国・故郷から引きはがされたゆえに、身をよじるように自分の存在の根拠を追い求めた3つのケースを取り上げる。

第2巻 菊と一銭五厘
地獄の戦線を生き延びた兵士たち
彼らにとっての戦後とはなにか

 かつて、福岡、佐賀、長崎出身者で編成する「菊部隊」という精強部隊があった。天皇家の紋章である「菊」を冠された栄光の部隊だが、敗色濃いビルマ戦線では、武器も食糧の補給もないままに死線をさまよった。
 その地獄の戦線から無事生還したのはほとんど奇跡と言ってよい。彼らは戦後の混乱期も高度成長の時代も、ただ黙って働き続けた。そして戦後30数年たって老境に差し掛かったとき、彼らの胸のうちから堰を切ったように噴出する言葉があった。
 「一銭五厘」とは召集令状のはがき代であり、転じて兵士たち自身をいう。その一銭五厘たちがどういう思いでビルマ戦を戦い、戦争を全否定した戦後社会をどう生きてきたか。反戦平和という戦後的イデオロギーでは届きようもない元兵士たちの暗部を探る。

第3巻 辺境から
石牟礼道子の世界
 『苦海浄土』が第1回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したのは一九七〇年である(石牟礼は受賞辞退)。公害が露出した時代だったゆえに、水俣病を素材にした『苦海浄土』は「衝撃的な公害告発の書」と受けとめられた。
 しかし作品の衝撃性はむしろ、神々と自然と人とが交歓し調和する近代が失った世界を現出した点にあった。水俣病は、そういった世界に対する近代の暴力の総体として出現したのである。自らがそのような世界に生の根拠を持ち、そこから絹糸をつむぐように言葉をつむぎ出す石牟礼道子の世界を読む。


島尾敏雄−宿命の島・奄美
 昭和19年秋、九大在学中の島尾は志願して学徒出陣し、奄美の小島に着任した。それが島尾と奄美との宿命的な出会いであった。任務は、ベニヤ製のボートに爆薬を積んで敵艦に体当たりする特攻である。その、死を目前にした日々の中で島尾は島の娘と激しい恋におちる。二人は戦後結婚するが、島尾の不貞によって妻は精神を病み、奄美に回帰した。
 そして20年。島尾はそこで「死の棘」をはじめとする数々の名作を生み、一方で、琉球弧から日本列島を逆照射する優れた文明論を構築した。島尾にとって奄美とは何か。作品とその生き方から見えてくるものがある。

  第4巻 福岡から見た昭和史
夢野久作−近代のねじれを背負う
爆弾三勇士−軍国神話の裏側
消えた同志−治安維持法下の青春
爆発赤痢−軍部という巨大な影
火野葦平−兵隊作家は戦後をどう生きたか
引揚港−秘密病院はなぜ生まれたか
筑豊崩壊−炭鉱歌人の青春と死
孤立−ある公害患者の孤独な闘い
一揆未発−近代という迷路の中で
 大牟田市で、世界史上例のない集団赤痢が発生したのは、昭和12年9月のことだった。1週間で患者は1万人に達し、死者は700人にも上った。それだけの大事件でありながら、真相はついに明らかにされなかった。事件は複雑怪奇な経過をたどったが、その背後では恐らく軍部の強い圧力が働いていた。
 この事件ひとつとっても、昭和という時代がいかに容易ならざる時代であったかがわかる。昭和は戦争の時代だが、それだけでなく、戦後の経済主義も含めて、結局は明治の近代化路線の矛盾の延長線上にあったと認識できる。福岡の昭和史から日本の近代が見えてくる。

第5巻 熊本・反乱の系譜
神風連−反近代の源流を見る
殉死−浪漫主義者・蓮田善明の自死
告発−近代市民社会への反逆
付 エッセイ・モッコスの住む街で

 八割は相手に賛成でも、残りの二割の部分で断固として異議を申し立てるのが肥後モッコスだという。確かに熊本の近代以降の歴史をみると、「反乱の系譜」と名づけたくなる誘惑に駆られるのだ。
 明治9、10年の士族反乱の動機は反・明治政府だったが、その中で神風連の乱は一種特別である。彼らにはいかなる打算も成算もなく、近代という時代を拒否するために決起し、その激しい拒否感を表現するために死んで見せたとさえみえる。
 「水俣病を告発する会」が発足したのは昭和44年である。この会は「義によって助太刀致す」という、戦後の反体制運動とはまったく異質の古風な情念を行動の原理とし、行政や企業はもちろん、裁判、弁護士、支援運動など、つまり近代市民社会のシステム全体への疑義を突きつけた。
 この戦後の反乱にもまた、いかなる打算も成算もなかった。


第6巻 中国よ!
「北伐の道」を往く
諸葛孔明の果たせぬ夢(書き下ろし)

 三国時代、蜀の宰相・諸葛孔明は魏を討つために5回にわたって北伐を敢行した。魏の国力は蜀の10倍であり、北伐の道は天下の難道であった。つまり、成算は最初からなかったと言ってよい。それでもなお、孔明が死に至るまで出撃を繰り返したのはなぜか。
 北伐の道をたどりながら、古代中国の知識人にとって国家とは何だったのか、乱世を生きるとはどういうことだったのか。三国志を手がかりに中国という巨大な森に分け入る。

北京・1981年−混沌の中の中国社会
 1976年に毛沢東が死去し、四人組が逮捕されて10年の文化大革命が終わった。78年には、復活したケ小平が改革開放路線を開始した。
 1981年の北京は、いわば混沌のさなかにあった。文革の恐怖感が色濃く残る一方で、猛烈な金儲け主義も始まっていた。民主化運動が燃え広がりやがて鎮圧される。むろん、その混沌の中で民衆はしたたかに生きた。

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